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阪神大震災後、ボランティアがようやく当たり前に 菅波:坂さんの場合非常にラッキーだったと思うのは、坂さんが(日本で)はじめてボランティア活動に参加されたのが、阪神大震災の時だったということです。というのは、日本から「売名行為」という言葉が消えたのは阪神大震災以後なんです。 それまでは売名行為ということを言われると、その人の人格や、やっている社会的な仕事とは関係なく、全てが否定される恐ろしい魔女狩りだった。 ところが、大きく変わったのは、阪神大震災で天災とボランティアが当たり前というコンセンサスができた。 そういう意味で、坂さんは非常にいいタイミングで、阪神大震災の救援活動に参加され、行動されたということですね。 坂:もっとも、その半年ぐらい前からUNHCRに行って、ルアンダの難民のためのシェルターの提案をしていました。そこでUNHCRとの関係ができたんです。 そして、ちょうど難民の問題に興味をもち始めた時に、阪神大震災が起こってしまったわけです。誰しもどこで何をしていいかわからない。僕は鷹鳥教会にベトナムの難民の人達がたくさん集っているということを知りました。まずそういう社会的な弱者の人達が一番大変な思いをしているだろう、と教会に行ったわけです。結果的にそのタイミング、そして場所的にも活動を行うのによかったんですね。でももともと難民というキーワードはありましたけど。 菅波:なるほど、坂さんは運が強い人かもしれない。「紙」が素材の建築だというのも神様、仏様にも通じるし(笑)。 坂:紙の教会が神の教会になったらいいね、と最初からおっしゃってましたね。 一人で活動してきた経験から、VANは生まれた 坂:その活動の後、先生からNGO(非政府組織)を旗上げしたらどうか、と言っていただきました。それ以来、ずいぶん自分のもやもやがふっきれました。その1つが組織の問題です。 日本の、建築家もそうですけど、最初に組織をつくるところから始める。発起人や偉い人が前に揃って組織をつくる。でもそれでは緊急の時に対応できない。だから僕は、自分1人でもいいから行動して組織は後からついてくればいいと思っていました。 で、いろいろやってきて、そろそろ組織づくりが重要かなと考え始めていた時、アドバイスをいただいたわけです。そうしているうちに、東京都が活動資金の助成を行うボランティア団体を募集しているというのを知り、8月の終わりに応募しました。それには名称が必要というでした。そこでVANという名前にしたんです。ボランタリー・アーキティクツ・ネットワーク。 菅波:素晴らしい。言うことない。(笑) 緊急のシェルターだけでなく、病院もつくる! 坂:この名称は行動からすればぴったりと思っています。先生がAMDAの建築部門だ、ともおっしゃるので、ぜひドッキングして医療活動を。まずシェルターが必要だと考えますが。臨時の病院でもみんなが緊急に住む場所でも、必ずシェルターという問題があります。しかし、たいていはありきたりのテントを用意して、使っている。でも本当は必要な場所、その国などの現地の技術や材料を使いながらシェルターをつくる必要がある。そういう意味で、我々も先生たちと一緒に行動したいんです。そこで、シェルター部門を担わせてもらえばいいなと思うんですが。 菅波:シェルターだけではなく、さらに、実はいまAMDAホスピタルをつくろうと計画しています。 バングラデッシュには、日本に留学していた3人のドクターが帰って自分たちでハイテクを使って活動している。そこでなんとか病院を。 さらにネパールでは、子供病院をつくる計画があります。もう1つはフィリピンです。しかし、いま少し触れたように、アジアといっても、必ずしも発展途上のところだけ見ていては駄目なんです。どんどん工業化が起こってきている。産業医学を使った工業団地のようなものをフィリピンにはつくろうと計画しています。これらはもう難民のためのシェルターのような段階ではなくて、病院そのものです。 現地の人とともにつくり、学ぶ意味での「吐き出す教育」を 坂:もちろんその点でも協力できます。結局、われわれ建築家、あるいは建築を学ぶ学生など、たとえば今回の阪神大震災の被災地でも160人ぐらいの学生も集まり、多くのものをつくりました。 先生が言われる「吐き出す教育」──現状では学生が学校で勉強しているだけで、どうやってそれを使ったらいいのか全然わからない。でも、本当はものをつくりたくてしようがない人がたくさんいて、実際に集ってもいる。みんなで汗水垂らしてあの神戸で多くの人が必要なものをつくり上げ、真剣に活動して輝いている。そういう〈場〉をつくってあげないと、学校ではただ図面上で設計したり、学問を受け取るだけになってしまいます。 あるいは社会に出てもありきたりのものを設計させられて、図面を書くだけで、実際の手を動かすというチャンスが全くないんです。 そこでわれわれが一緒になって行って、手を動かし、現地の人とともに、また現地の技術や材料をも学びながら必要なものをつくっていく。ぜひそういうことをやりたいんです。ですから、まさに吐き出す教育がそこでできるんじゃないかでしょうか。 菅波:やれると思いますね。私たちもあっちこちに、そういう予算をとって──たと えば、外務省の「草の根無償資金協力」などです。300万から500万の予算が出る、意味があるプロジェクトには。 しかし残念なことに、それはソフトの部分にお金が出ない、ハードにしか。だから、診療所とか、病院とかという点で、坂さんの出番なんですよ。 それは日本のソフトに対する評価が低いことを表しているわけですが、あくまで目に見えるものに対する草の根無償資金協力なんですね。これをフィリピンでの活動として申請して、診療所をつくろうと。認められれば、その時はフィリピン現地の建築家と話をされて何かいいセンスでやっていただきたい。 坂さんのところでやっていただけませんか? 坂:ぜひやります。 |